地図
航空写真


城塞、ホーエンザルツブルク

Mönchsberg 34
5020 Salzburg
+43662 842430-11
+43662 842430-20

城塞、ホーエンザルツブルクは、1077年に大司教ゲープハルトによって建設され、レオンハルト・コイチャッハ(1495―1519)により大規模に拡張され、中部ヨーロッパで完璧なまでに保存された城塞として存在します。

特にみるべき価値のあるのは、中世の様式をもつ領主の間と城塞博物館です。1892年以後、城塞ホーエンザルツブルクは、フェストゥング通りからのケーブルカーで快適にいけるようになりました。

900年前からのこの古い城塞の歴史は、司教任命権にさかのぼります。法王と王が、司教の任命権をめぐって、対立したことからはじまります。法王に忠実で あったザルツブルクの大司教ゲープハルトは、当時(1077年)、防御のための城塞、ホーエンザルツブルク、ホーエンヴェルフェン、フリーザッハーを建立 させました。ゲープハルトの防御の城塞は、その後、コンラッドI 世のもと(1160―1147)一応完成しました。

15世紀と16世紀(いわゆるハンガリーとの戦争と農民戦争の期間)ザルツブルクもまきこまれ、大司教は身をまもるためにホーエンザルツブルクに移りすみ ました。この時宮殿は高くなり、兵器庫と貯蔵庫が加えられました。大司教レンパrト・フォン・コイチャッハ(1495-1519)は、城塞をさらに大きく しようとし、今日ある姿をうしないました。内部も豪華さを増し、この土地のゴシック形式の彫刻や装飾的絵画は黄金の間や黄金の部屋を飾りました。58にの ぼる碑文とかぶの紋章は、レオンハルト・フォン・コイチャッハのことを偲ばせます。城塞のシンボル、も同じことが言えます。城塞のライオンは、大きな手に 赤いかぶをもっています。最後で重要な改築は、巨大な「クーエンブルク・バスタイ」です。

ホーエン・ザルツブルクの長い歴史のなかで、この城塞を占領できたものは、ありません。

城塞、ホーエンザルツブルクは、長年にわたり、防御の場所であり、時には大司教の住まいにもなったので、兵舎として、あるいは、牢屋としても使われまし た。大司教ヴォルフ・ディートリッヒは、甥でもあり、後継者のマルクス・チティクスに捕えられ、ここで5年間囚われの身となり、1617年亡くなっていま す。

今日城塞、ホーエンザルツブルクは、年中見学することができ、ここで開かれる国際夏講座の講座で、世界の芸術家が出会います。

© 2014 - Tourismus Salzburg GmbH - Auerspergstraße 6 - 5020 Salzburg - Tel. +43662 88987-0